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あんたまちごうとる。 2002年8月17日分

巫女委員会に対抗して「正しい日本語の会」を設立しました!!(会員:俺オンリー)
最近の若いモンは誤った日本語を使っている事が多いので、
国語マニアの俺としては気になって気になって仕方ないのだ。
まぁ俺自身も日本語が不自由だけどねウフフ。それでは早速イってみますか♪

的を射る
これは的を得ると間違えてる人が非常にメッチャ死ぬほどメニー多い。プロの小説家ですら間違って使うほどメジャーな間違いだ。的をゲットしてどないするねん!
まぁ「的の中心に矢を命中させる」事を「的を得る」と表現できなくはないと思うが、「物事の核心をつく」表現としてそのような日本語は存在しない。
少なくとも辞書には「的を得る」という言葉は無いしね。
上記の内容を何度説明しても「的を得る」が正しいと信じて疑わない困ったチャンがたまに居るが、恐らく「当を得る」と混同している物と思われる。やれやれ。

役不足
コレも多い!!時代劇やアニメなどのメディアでも堂々と間違われている。むしろ正しい用法を知らない日本人の方が多いのでは!?
「役不足」とは自分の実力に対して役職が不足している状態を指す。
すなわち「俺をナメてんのかこんなヌルい仕事やってられねぇんだよもっと凄い事やらせろよ死ねボケが」という意味になるのであり、もしサラリーメンが係長に抜擢されて「ワタクシには役不足ですが・・・」などと謙遜して言おうものなら謙遜どころか慢心した部下として上司の怒りを買うこと請け合いだし、悪の組織で対立している幹部に「貴様では役不足だ。帝王様、その役目は是非ともこの私にッ」とでも告げようものならそれはもうライバルをメッチャ尊敬してそのような雑用はザコの私にお任せください状態なのである。
まぁ相手も正しい用法を知らない可能性が高いので「役不足」という言葉自体を使わない方が無難かもしれない。(そういう時には「力不足」を使おうネ♪)

他力本願
出たよ宗教用語。
元々の意味は「何でも他人任せのダメダメな状態」なのではなく、阿弥陀如来の助けを借りつつ功徳を積んで救済されようという仏教の教えである。
だから熱血教師とかが安易に「他力本願はよくないゾ」とでも言おうものなら僧兵に惨殺されます。なんとバチ当たりな!(俺が)
ちなみに自分で功徳を積んで仏に帰依する事を「自力本願」という。勉強になるなぁ

童貞
宗教ネタが出たのでついでに紹介。
本来は(性的経験のない)カトリックの尼僧という意味だ。
つーか聖母マリア様=童貞。
しかしみなさんご存知の用法は充分に浸透しているので、そちらも別に間違った日本語というワケではないけどね。
どうでもいいけど俺が小学生の時に道徳の時間という物があった。
そして「どうとく」の教科書にはイジメや部落問題を扱ったダークなエピソードが満載だったので、授業そっちのけで読み耽ったものである。
授業といっても「この時の○○さんの気持ちはどうですか?」とか聞かれるウザさ極まりないものだったし、教科書はその授業の時のみ何処かから支給されて時間が終わったら回収されるので読む機会が限られるため、授業中は先生の話をシカトしてダークな教科書を可能な限り読みまくるのが基本であった。授業じゃ教科書の一部しか扱わなかったし。
そうして先生の話を聞かずにコッソリ読んだ教科書の中に童貞という単語があった。
別に性教育を扱った内容ではなく、詳細は忘れたが女の子が「私、童貞さんになるの」と友人に別れを告げて単身青森(?)かどこかへ夜行列車で向かう・・・という話だったと思う。
ただ乗り込んだのが人がスシ詰め状態の劣悪な列車(ムーンライトながら!?)であり、病弱な女の子は列車の中で圧死してしまう・・・という悲しいものであった。
友人は悲しむわけだが、その子の葬儀で両親は「あの子は神に召されたのです。だから何も悲しむ事はないのですよ」と言い放つ。その態度がどうしても理解できない友人。
・・・って低学年向けの本にしちゃ内容深すぎるぞ!そら授業で使えんわ。
まぁぶっちゃけ宗教キチガイの親はヤバイYO♪って言いたいんだろうけど、これが童貞という単語に初めて触れた機会だったワケなのですよ。その時はまさか俺自身が童貞だとは思いもよらなかったけどね。トホ・・・トホホホ・・・・

ご教示
そのまんま。「教え示す」という意味なのだが・・・
「ご教授」と間違う奴がマジで多い。
よろしくご教授ください♪ってたまに聞くけどアンタは優秀なプロフェッサーを引き抜きに来てんのか!?よろしくメカドック?
そんなこと言われても俺には権限ねぇよ!!学長にでも頼めっちゅうねん。


思いつく限り書いてみたが、もし似たような内容のサイトがあってもパクリじゃないので悪しからず。
出展は全て俺の脳内なので、間違いや問題点があったらビシバシ指摘して貰えると有難い(おまえ生き方間違ってるよ等)。
ただし「全く〜(否定形以外)」の例を挙げて日本語は常に変化していると言い張るのは禁止な。
確かに言語は絶えず変化する物だが、的を得るなんか明らかにマチガイだし、他の事例も正しい日本語ではあり得ない。
そもそも「全く」なんて表現は曖昧な物で、かの夏目漱石の小説でも「全く〜(否定以外)」の用法は使われてたぞ。
そんなこんなで国語マニアな方の入会もお待ちしています。(いねぇだろうけどよ)
珍しく勉強になる冒頭文なのでした。おわる